2016.06.29

田中光常 写真展「動物たち」

 キヤノンギャラリーに於いて、写真家・田中光常氏(1924-2016)の作品展が行われた。

 田中光常氏の名前を知ったのは中学2年の時だった。あの頃の僕は、偶然にも同姓である白鷺写真家・田中徳太郎氏(1909-1989)との出会いから、徳太郎氏と一緒に撮影を行ったり、撮影会会場から逃げ出してしまった白鷺を共に探すなどの経験によって動物写真に強い興味を持ちはじめていた。この名前を再び聞いたのは、渡辺澄晴さんからだった。「田中徳太郎さんを知ってるの?」渡辺さんはそう言うと、次に会った時に徳太郎さんの写真集をプレゼントしてくれた。お二人は、長いあいだ交流があったというのだ。徳太郎氏は、国鉄退職後に写真材料店を経営しながら浦和市郊外で白鷺を撮り続け、その作品は、ニューヨーク近代美術館にも収蔵されている。

 

 一方で、北極であろうが南極であろうが、地球の果てまでも動物を追う田中光常氏の存在を知ったことは衝撃的であった。中でも記憶にある光常氏の作品といえば、長野県地獄谷温泉で猿を捉えたもので、当時の僕にとってこの地は、「いつか行ってみたい場所」だったのだ。そんなこともあってか、会場でこの温泉での作品を見つけた時には、久し振りに光常氏と会えたようで気分が高揚した。

 改めて氏の写真を群れで見ると、実にクリアーにその生き様が脳裏に浮かび上がってくる。現在では想像もつかないが、インターネットがない時代には、小さな情報を積み重ねることで動物の生息地を探し出していたであろうし、巨大な望遠レンズなど多くの機材を抱えての撮影はとてつもなく困難だったはずだ。そんな時代から、氏はどのように動物たちと対峙してきたのか...。

 

写真家によっては、「シャッター・チャンス」という名目や、インパクトのある写真を撮ろうとするあまりに、自然界に土足で踏み入って撮影したのではないかと疑われる写真も存在する。しかし、田中光常氏は、変わらず動物たちのありのままの姿を捉えることに拘り続けてきたのではないだろうか。

 何もかもが厳しい条件の中で、ひたすらファインダーを覗き忍耐強く待ち続けた動物たちの一瞬の姿。それらの作品と向き合った時、その内奥に田中光常氏の彼らへの愛がにじみ視えてくるようだった。

  「大切なのは、動物の気持ちになって考えること」、いつだったか氏から聞いた言葉を思い出した。

© 2016 渡辺澄晴プロジェクト実行委員会

   Committee of Sumiharu Watanabe Project